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第35話 甘い夢をみてしまう

Auteur: 甘梨鈴
last update Dernière mise à jour: 2025-07-07 17:00:58

「ええ。良い香りですね。アールグレイですか?」

「はい。私の好きな紅茶なんです」

 用意された紅茶は、最高級品の茶葉だ。

 エマの立場では、客人をもてなすときにしか飲めない代物なので、味わって飲んだ。

 一口サイズにカットされたサンドイッチやクッキーも、宮廷料理長が手がけたもので、エマがふだん口にするものとは比べものにならないほど美味しい。

 料理長が作る料理は、国王や王太子が同席する会食でないと食べられないので、これも噛みしめるようにして食べる。

(すごくおいしい。ナタリナにも食べさせてあげたいな)

 ちらっとナタリナに視線を向ける。

 離れているから表情までは分からないけど、エマを心配する様子は伝わってくる。

「エマ。どうぞ、これも食べてください」

「あ、ルシアン様っ」

「貴方は細いから、しっかり食べないと。倒れてしまわないか心配です」

「大丈夫です。もともと小食ですから」

「では、お腹が空いたら食べてください」

 そう言ってルシアンは、エマの皿にクッキーを載せていく。

 エマの世話を焼くルシアンの顔は楽しげで、ゆったりと流れる時間が幸せだった。

 昨夜はあまり話ができなかったから、今日こそはもっといろんな話をしたい。

 そんな思いでルシアンを見つめる。

 容姿端麗な貴公子は、ルビーのような赤い瞳で、エマを優しく見つめた。

(やっぱり、ルシアン様は素敵だ)

 独身と聞いているが、これほど素敵な方なら、帝国に恋人がいるに違いない。

 そう思った途端、胸がチクッと痛んだ。

(ッ……ルシアン様は、親切なだけなのに)

 エマは自分に言い聞かせ、胸の痛みから目をそらした。

 どんなにルシアンに惹かれても、想いが叶うことはない。

(ルシアン様が、僕みたいな平民を相手にして下さるはずがないのに)

 甘い夢を見てしまいそうで、エマは奥歯を噛みしめる。

 きっと、現実があまりに酷いからだ。

 レオナールの非道な仕打ち
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